2019年04月10日

「演劇」の視線/死線

栗山くんと、森岡ちゃんが、
百景社を去る、という。

これが、思いのほか、衝撃的だった。
けれど、ほんとうにショックを受けていたのは、
もしかすると、『僕の知っている世界がいつまでもあり続ける』と、
こころのどこかで信じてしまっていた自分の愚かさに、
いまさらながら気づいたことなのかもしれない。

いやいや、栗山くん、18年だってよ!
その間、おれ、1回くらいだろうか、観たの。

去年だったか、動物電気の辻さんが引退した。
これも、ショックだった。温太郎さんも、
知らないうちにタテヨコで観なくなったし、
そうかと思えば、こないだ大阪で、
西山さんや舘ちんや朝子さんなんかが、
濱ちゃんの舞台美術の上でせりふをしゃべっていた。

演劇公演は、その都度、生まれ、死んでいく。
だから、舞台を観て、そのセットが解体されて、
日常に帰ってきてしまえば、俳優さんたちと、
今生の別れになってると思って、間違いではない。

そういう「ジャンル」というか、
そういう存在として、僕らは、というか、
ボクは、彼らと交わったのではなかったか。

なんつって、ほたさんとか、まりまりとか、
八木っちとか、もとむさんとか、もちろん、
タテヨコのみなさんとか、池田さんとか、
そういう「演劇」的な、存在に、けっこう、
こころ揺さぶられる2019年の春、なのだ。

という投稿、シーサーブログ!
令和になろうかという、この21世紀に!

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あたしゃまだ、ガラケーです。
生きてます。



posted by 服部健太郎 at 14:41| 奈良 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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